蒼のウィステリア

藤色雨とリシテアの台本や情報をまとめています。

【朗読台本】泣きたくなる瞬間に

「和樹、マジでその話……」
 私はちょっとギョッとしながら、友達の和樹を見た。
和樹は私の同級生でもあり、弁当も一緒に食べることもあった。
「んー、マジマジ。またクラスには説明するけどよ」
「はあ……名字変わるのかぁ……」
「まあ、よくあるっちゃあるっしょ。変に遠慮されるのも面倒だからよ」
「確かに……」
「友達には説明しとくべきかなっと」
「義理堅い――!」
 私は思わず吹き出す。
和樹はおかしそうに、サンドイッチを頬張る。そういえば和樹はいつも男の子の割に軽食だ。
コンビニで適当に買ってきたご飯を食べている。
あまりくわしく聞いてないが、母親とは離れて暮らしているとか。
 離婚なんてそんなたいしてめずらしくない話だ。その数はうなぎ登りのように増えていると聞く。
私の幼なじみのアリサちゃんも、昔は家族仲良くだったのに、今ではシングルマザーのお母さんと一緒に暮らしている。
儚いモノだ。ほんとに……若くて全然人生経験もない私だって思ってしまう。
「でも離婚ってことは家族はどうなるの」
「んー、特に変わんないよ。オヤジと二人暮らし」
「そうなんだ……」
「まあカーちゃんとか、ろくに会ってないし……今後会うことあるかないかみたいなもんだしな」
「さみしいねぇ」
 私は安直に言うと、和樹は何も応えなかった。
あれって一瞬思ったが、和樹は教室の窓の外を見ていた。
外は青空が広がっていた。

 放課後は夏になったと言うこともあって、プール清掃だった。
水を抜き、汚れをホースの水を使ったり、ブラシをつかったりで綺麗にしていく。
へどろをもついてて、傍目気持ち悪い状態のプールだったが、有志の協力でどんどんと綺麗になっていった。
ほとんど綺麗になっていくと、ふざけだす生徒が出てくる。
私たちはまだ十六歳で隙さえあれば、遊びたい年頃でもあった。
センセイは、都合良く出払っていたし、きゃいきゃいと水遊びをしている。
 学級委員長の子もノリが良くて
「ちょっと騒ぎすぎ――!」
とけらけら笑っていた。

「和樹、逃げるなぁ!」
 私は笑いながらホースの水を勢いよくしながら追いかける。
和樹も笑いながら、逃げ回っていた。
まったく和樹は動きが軽くて、すぐに避けられてしまう。
「もうー!」
 私は憤慨するそぶり(完全にノリでやっていた)を見せたが、それでも水を向ける。
この楽しい時間を続けよう、そう思ったとき、和樹が避けなかった。
いや、動かなかったのだ。
「え……」
 動揺した、なんでそんなことをしたのか分からなかった。
ばしゃりと和樹に水があたる。周囲からけらけらと笑う声が聞こえた。
「おまっ……ドジだなぁ」
 笑い声を止められない周囲に、私だけ動揺で笑えない。
どうして……と思ってると、和樹は濡れた体や髪に、あちゃーと言わんばかりの顔をして。
「ナイススナイパーだな」
 私を褒めた。私はなんともいえず、曖昧に笑った。
水がだらだらと、プールの底を滑っていった。

 和樹は、あまりに濡れすぎたということで、体を拭きにプールを出て行った。
どんまいという声と共に、また喧噪が戻ってくる。周囲のざわざわした賑わいがどこか遠い。
現実味のない音に聞こえる。
 私は自然に動いていた。和樹のことを追いかけた。
和樹はプールに程近い中庭にいた。
 タオルを頭から被り、空を見ていた。

 その姿がとても目を離すことが出来ず、私はじっと見る。
ある一定の距離から、近づけない。なぜ、彼は一心に空を見ているのか。

 草を踏みしめる音が聞こえたのかもしれない。
和樹は空を見るのをやめ、私の方を見た。タオルが急な動きで、地面に落ちる。
その目は真っ赤だった。兎のような紅い宝石のような、泣きはらしていた目だった。

「どうしたの……」
 弱々しさを覚えたのは何故だろう。
その言葉に、心臓が掴まれそうだと思うくらいの哀しみを覚えた。

 和樹は泣きたかったのかもしれない。
何もない人生など、どこにもない。
だけど、抱えられない哀しみを背負っても、泣けない人がいる。

あの水を向けたとき、彼は……

彼は……

朗読した動画があります

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「6分で聞ける朗読」泣きたくなる瞬間に「人の哀しみに触れる一瞬の物語」

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