蒼のウィステリア

藤色雨とリシテアの台本や情報をまとめています。

【朗読台本】もう、戻れない感情に

 下校中、急に隣を歩いていた女の子……と言っても、友達の愛理が立ち止まった。
彼女は短い髪の少女で、性格もちょっと荒っぽいところもあったから、クラスの男子の一人、とカウントされてしまうような少女だった。
 愛理はいつものさっぱりした口調と違い、少しもじもじと言った様子、俺に声をかけてきた。

「今の見た? ヒロト

「見たって? 何を……」

 愛理は信じられないと言った様子で、俺を見る。
そしてレンガ造りの建物を指差した。

「あそこ、あそこだよ! 今割引してるって」

「あそこって……ああ、あそこか……」

 俺は気の抜けた声を出した。
何か大層なことがあったのかと思ったら、そこは高級な果物やデザートを扱うことで有名な店だった。
販売コーナーとカフェコーナーがあって、一度母親に付き合って行ったが、白い作りの店内は自分とは相性が悪いように見えた。まだまだ身の丈にあってない……それを子供ながらに感じてしまったからだろう。つまりはよそよそしい、親近感のわかない店だった。

「割引って、めずらしいことをしてるんだな」

 俺は一人言のように言いながら、割引の内容を見る。
この店、高いので中学生の自分達ではとても気軽にいけないのだ。

「……そうだね」

 愛理はかすれた声で言いながら頷いた。
同時に俺は割引内容を見て、思わず固まった。
割引には条件がいるのだが、カップル割と書いてある。
カップル……カップルって、カップルだよな……。
 謎に思考がループし、カップルという言葉を何度も噛みしめる。
時間があまりに長い。こんなにゆっくりと経過するのだろうか。
しかし実際は一分程度だったらしい。

「え……カップル?」

「そーだよ! カップル」

「無理だろ、愛理彼氏いないんだろ」

「そうだけど! 察しない? ここで、言ってるんだよ。分かるでしょ」

「は、わかんない」

ヒロト、頭悪!!!」

「なにを言うんだよ!」

 店頭でぎゃーすーぎゃーすーと騒ぐから、店側から様子を見に来た店員の姿を見えた。
これはやばいと、俺と愛理は、店の裏側まで逃げ込む。
まったく愛理とはすぐに喧嘩がはじまりそうになる。
けれどもこのわちゃわちゃすることは、嫌いじゃ無かった。
 愛理は店の裏側まで逃げ込むと、色々と落ち着いてきたのか。
深く息をつきながら説明始めた。

「私、今日カップル割引がはいってる、桃のパフェを食べたいの……アレ限定だし、桃をまるごとを使うから普段手が出せないんだよね」

「どうすんだよ、相手探しは」

「……ヒロトがもし店員さんだったら、カップル割ってどう判断する?」

「そりゃ……うーん」

難しい話だ、別に証明書が出るもんじゃないしなと思った。
愛理はコホンと咳払いする。

「そも、自分達でカップルだと言ってやるしかないんじゃない?」

「確かに、そうだな、二人組で言ってカップルだっていえば……え」

 色々と分かってしまった。。
すくっと背筋を伸ばして、愛理を見てた。
愛理の薄く焼けた肌が見えた。制服から見えるほっそりとした腕だ。
少し赤目の地毛と、色素の薄い瞳。
 愛理は合点が言った俺に気づいたのか、大きく頷いた。

「そう、私とカップルってことでお店で割引受けるの」

「それって大丈夫なのかよ、バレたとき」

「お互いばらさないって協力出来ればいける」

「だけど……」

「私、食べたいなぁ、ずっと小学校のときから食べたかったんだよ」

 二年以上も前から執着していたのかと驚きを覚えたが、そう言われてしまうとビビっている自分が情けなくなる。愛理は友人が多い、その数多くの友人から自分を選んで、そう言ってるのだとしたら、
かっこつけたくなるのも本当だ。ここで断るのは……。

 俺は愛理に大きく頷いた。

「わかったよ、手伝ってやるよ」

「ほんと! やったー!」

 愛理は大きく体を伸ばし、全身で喜びを表現する。
その姿が猫が大喜びしている姿にも見えてかわいいなと思った。
愛理ってこんな可愛い仕草をするんだと驚いたくらいだ……。
 いやいや急に何を思ってるのだか……俺は頭を横に振った。

 るんるんと言わんばかりの歩調で愛理はお店に向かう。
そして店内に入ると、店員さんの案内で、席に向かう。
白を基調にした店内に制服姿の男女が二人。
 そういや帰り道に食べるのって校則で禁止じゃ無かったっけと思い出す。
かっこつけたかった……という理由で愛理の願いを叶えたが、結構いろいろとマズくないか……。
 俺はすました表情を崩さないようにしていたが、内心はどきどきでいっぱいだった。
 愛理はそんな俺に意を介さないように、店員を呼び、カップル割引で注文していた。
店員は俺と愛理を両方見比べたが、にっこりと微笑み、こう言った。

「かしこまりました、注文を承りましたが、カップル割引を適用の方には、パフェと一緒に撮影するサービスを行っています。せっかくですし、いかがでしょう」

 俺はぐっと息を飲んだ。
愛理と一緒に写真を撮るって、そこまでは想定してなかった。
しかしカップルであれば思いで作りという意味で、断ることが少ないだろう。
 愛理も一瞬間を置いた。
想定以上のサービスがあったことに対する戸惑いが、顔に出てる。
 けれど彼女は臆さなかった。

「はい、よろしくおねがいします、綺麗にとってくださいね」

「もちろんです」

 店員は一礼して、去って行く。
俺は虚脱感に襲われつつも、すぐにハッとして。

「おいおい、ツーショットまで撮られるのか」

「うん……これはしょうがないね」

「しょうがないって……はあ、まあそうだな」

「ごめんね、迷惑かけて」

「ん……うーん……」

 そうだなと言おうとして、言葉をとめた。
本当に愛理はオンナノコっぽくない。
いつだってすぐ喧嘩をはじまるし、掃除の時間の野球大会だって参加しちゃう子だ。
だけど俺を一心に見る。彼女の瞳は不安で揺れてて、それが普段は垣間見ることのないものだった。
 綺麗だった……その弱さが、綺麗だと思ってしまった。心臓がズキリと痛むように高鳴る。
 なんだよ、そんな顔を見せるなよ。

 綺麗だとおもいはしたが、いつもの彼女を俺は見たかった。
俺は小さく吹き出した。

「気にすんなよー、愛理が食べたかったんだろ、だったら協力するよ」

ヒロト……」

「なんたって大事な……」

あ、この店内で友達と言ったらおかしいか。

「か、彼氏だし」

 めっちゃ、めっちゃどもってしまった。
かっこわる! 超かっこ悪いと思ってしまった。
しかしその様子を見ていた愛理は呆気にとられたが、すぐにけらけらと笑ってしまった。

「なに、それ……ダサ……言い切れなくて、ダサ」

 笑いをとめられないのか、言葉が途切れ途切れに吐く。
だけど、それで彼女の中での申し訳なさや不安が途切れたらしい。
緊張感がお互いになくなって、パフェが到着すると、俺たちはリラックスしたまま撮影した。
いつもより、二人の距離が近かった気がするけど、気のせいだろうか。
 笑顔の二人と、白桃がたっぷりにのったパフェ、窓から夕焼けの柔らかな光が差し込んでる。

……あれから、俺は様子がおかしい。
また愛理と二人でお店に行きたいと思っている自分がいる。
そう望んでいる自分と、それを言い出せない自分がいる。
彼女を学校で見ると、あの店ですごした時間を思い出して動揺する。

 なんだよ、俺は、おかしくなってしまったのだろうか。
愛理ともタイミングが悪くて、一緒に帰れてない。
けれど今日になって、急に愛理と帰れることになった。

 いつもより二人は口調が少なかった。
お互いをちらりと見ることはあるのだけど、気兼ねなく喧嘩していた頃と違っていた。
 俺たちは、またあの店の側を通った。

 今度は俺が声を上げる番だった。

「おい、また割引やってるぞ。メロンパフェだって」

「え……あ、ほんとだ」

 俺は威勢良く腕をあげた。

「しかも今度は友達割じゃん、気軽にいけるよな」

 その瞬間、なんだろ時間が止まった気がする。
愛理が動作を止めたのだ。
体をかたまって、俺を凝視していた。
 それはあきらかに傷ついている顔だった。
しまったと思うくらいに泣きそうだった。

 愛理はそんな顔を見せながらも、強い調子の声で言う。

「そうだね、友達だったらすごい気楽だね」

「そ、そだろ……」

 俺は動揺が声ににじみでる。
なんで俺はこんなに立つ瀬がないほどに、追い詰められた気分なんだ。
愛理は深く息を吸った。
そして淡々と感情を殺した声で言った。

「私たち、友達以外になれないのかな」

「愛理……?」

「何でもない、ごめん、なんでもない」

 俺は腕を伸ばした。愛理が隠した顔を見ようとした。
しかし彼女は俺の腕を振り払い、そしてそのまま走って行った。
家でも学校でもない方向に、走っていった。
 愛理の影法師が、愛理を追いかけるのを見た。

 俺は何をしたんだ。
胸の奥がずきずきする、追いかけろと体がサイレンをあげている。
俺は愛理の気持ちを聞かなきゃいけない。
俺は自分の気持ちを知らなきゃいけない。
心臓が焦げそうな、感情。愛理を絶望に追い込んだ、感情。

この気持ちの名前は……。

俺はぐっと拳を握りしめ走り出した。

 

おわり

 

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